障害者手帳割引スポット~京都文化博物館、大ピラミッド展編(2)~ - ブログ 補聴器マガジン
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障害者手帳割引スポット~京都文化博物館、大ピラミッド展編(2)~

こんにちは!いつもブログにお越しいただきありがとうございます!そして記事下のバナー等押して下さっている方、コメント下さる方、本当にありがとうございます!嬉しいです!いきなり寒くなって、風邪などひかれてませんか。私の職場でも風邪人口が徐々に増えてきています。着るもの、お布団、あったかくして下さいね!今日の晩御飯は鍋焼きうどんです。 前回の続きです!


たまたま読んでいた五木寛之さんの本にハッとさせられた私。その文章の内容とは・・・

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↓五木寛之 「新版 生きるヒント3・レッスン2 知る」より引用

見テ 知リソ 知リテ ナ見ソ  
 見てから知るべきである、知ったのちに見ようとしないほうがいい、という意味でしょうが、じつはもっと深い意味があるような気がする。  
 つまり、われわれは<知る>ということをとても大事なこととして考えています。しかし、ものごとを判断したり、それを味わったりするときには、その予備知識や固定観念がかえって邪魔になることがある。  
 だから、まず見ること、それに触れること、体験すること、そしてそこから得る直観を大事にすること、それが大切なのだ、と言っているのではないでしょうか。  
 ひとつの美術作品にむかいあうときに、その作家の経歴や、その作品の意図するものや、そして世間でその作品がどのように評価されているか、また、有名な評論家たちがどんなふうにその作品を批評しているか、などという知識が頭の中にたくさんあればあるほど、一点の美術品をすなおに、自分の心のおもむくままに、見ることが困難になってくる。  
 それが人間というものなのです。


↑こんな風に言葉を綴れる人って、スゴイ・・・!!読みやすくってしかもダイレクトに心に響いてきます。


 以前は展示会で普段は解説なんてすっ飛ばして作品しか見ないくらい極端な美術品の見方をしていた私は、今回何故か(解説が面白かったということもあるのですが)解説を中心に見ていて、肝心の作品を解説の後の色眼鏡で見ていたからでした。今回は歴史的な作品なので純粋な美術品をみるそれとはまた違ってくるのかもしれないのですが。


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「なんでたまたま買った本(数日前)にどんぴしゃりと心に投げかけてくるような言葉に出会ったんだ」と不思議にも思いましたが。読書の楽しみはこういうところにもあります。ピラミッド展に行っていない時にこの文章を読んでもおそらく私はピンと来なかっただろう、と思います。


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  いつもは解説を殆ど読まないのに、いつから見方が変わったんだろうか・・・と考えました。つい最近までこういう見方はしていなかったものですから。

 そしてひとつ、思い当たるふしを見つけました。 それは「新しく補聴器を買い替えたことが関係しているかもしれない」と。

 どういうことかというと、わずか数か月の間に新しい補聴器に買い替えて、すごく聞こえやすくなって、ストレスが減って、「便利さに慣れてしまっている」ということなのです。そういう状態を体が知らず知らずのうちに覚えると、以前のハングリーさが極端に減っているのです。補聴器をしていなかった時や、補聴器をつけていてもいまいち聞き取りに不便していて、フラストレーションが溜まっている状態の時のほうが、きっと物事を見極める感度が高く、吸収力が違います。(この辺のことについては改めて構想がまとまったら、記事にしてみたいと思っています。)

 そんなときの私は解説なんか殆ど見ないで、美術品や芸術品を直接しっかり見て、自分の感覚に頼っていました。あの人が素晴らしいと言っていようと自分にはピンとこないとか、誰も好きとは言っていないけど私は大好き!とか。私の場合の話なので全ての難聴の方に当てはまるとは限らないと思いますが、耳が聞こえなくて人とのコミュニケーションが取りにくい時ほど自身の感覚に頼らざるをえなくなるシチュエーションに出くわすことが今より遥かに回数が多かったはず。自然にそういうことに関するアンテナが伸びていたのです。


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 そんなものなくても生きていけるよ、とおっしゃられる方もたくさんいらっしゃられるとは思います。ですが私はそういう事こそ、生きていく上に置いて大切に していかなければならないことなんだと思っています。世の中は言葉で説明出来ることもたくさんあるでしょうが、説明できない、割り切れない、科学的でない、ことの方がもっともっと多いはず。「そういう訳分からんものと、なんか知らんけど生きていかなあかんのや」と思えた方が生活はしんどかったり、辛かったりする反面、素晴らしいということもその中に含まれていると思うんです。


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 話がそれてしまいましたが、要するに「頭で物事をとらえていた」ということです。体で触れ合っている間は、そういうことはちょっと隣に置いておきましょう。確かに考えること、知ることもとても大切ですが、目の前に作品があるときは体でそれを感じて、後から知識を足せばいいんです。

 例えば、目の前に誰かが立っているのに、その人となりをしっかり見ないで、あらかじめ用意されていた履歴書を読んでいたりしたら、その人に失礼でしょう、そんな感じです。その人がそこに今おられるならば、今はその人と触れ合えることを一番に考えることが相手との関係性においては重要なことなんだ、というようなことです。例えが分かりにくかったら、すみません。

 

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 実際にものを見たり接したりするときには、これまでの知識をいったん横へ置いておき、そして裸の心で自然に、また無心にそのものと接し、そこから受けた直観を大切にし、そのあとであらためて、横に置いていた知識をふたたび引きもどして、それと照らし合わせる、こんなことができれば素晴らしいことです。  
 そうできれば、私たちのうる感動というものは、知識の光を受けてより深く、より遠近感を持った、豊かなものになることはまちがいありません。  
 しかし、実はこれはなかなかできないことです。

↑五木寛之 「新版 生きるヒント3・レッスン2 知る」より引用


 これからそういう場所へ行くときには、私はわざと補聴器を外そう。


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そうすれば、以前のように作品の声がはっきりと聞こえてくるようになるだろう、と思います。

                               おわり

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こんにちは!お元気ですか?コメント届いてますありがとうございます!!!
鍼灸院通われているのですね!私は個人的には凄く効果あると思います。鍼灸は。子宮辺りに針を

10/12 00:22 どなん

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